国土交通省川辺川ダム砂防事務所
所長 齋藤正徳氏
命と清流を守る川辺川流水型ダム
安全安心、地域振興のシンボルに


 令和2年7月豪雨で甚大な浸水被害が発生した球磨川流域の治水対策として、蒲島郁夫熊本県知事は従来の貯留型川辺川ダム建設の白紙撤回から方針を転換し、「命を守る、清流をも守る」として国に対し新たな流水型ダムの建設を要望した。その求めに応じ国は、2021年12月、従来の計画と同じ相良村四浦に建設することを表明した。新たなダムは高さ107・5b、総貯水量約1億3000万dで、完成すれば治水専用ダムとしては国内最大規模となり、その動向が全国的にも注目を集める。事業を管轄する国土交通省川辺川ダム砂防事務所のトップとして4月に就任した齋藤正徳所長に話を聞いた。



――就任に当たっての抱負を
 川辺川ダム建設事業は、1966年の計画発表以降、多くの関係者や地域の方々が関わられてきた長い歴史があり、様々な思いをお持ちだろう。正直、「県外出身で若輩の私に務まるのか」との不安もあるが、だからこそ、これまでの歴史や経緯、地域の方々の思いをしっかりと体に染みこませ、後世に残る「安全安心、地域振興のシンボル」となるような新たな流水型ダム事業を進めていく覚悟だ。
 前職で従事した、気候変動を踏まえた治水計画(流域治水)の立案に関する業務経験も、生かせるのではないかと考えている。

――管轄地域の印象は
 球磨川は気候変動の影響を受けやすく、今後も東シナ海からの線状降水帯による大雨が増加する可能性がある。地形的に見ても周囲の急峻な山々に降った雨が、すり鉢状の球磨盆地に集まるなど治水に対する安全度が比較的低い。洪水だけでなく、上流域からの流木や土砂の流入を防ぎ、下流域の安全を確保するため砂防事業にも力を注がなければならない。
 令和2年7月豪雨による洪水は、球磨川水系河川整備計画のハード整備(掘削、堤防整備、ダム、遊水地)の長期目標である基本高水(横石地点1万1500立方b/秒)を上回る1万2600立方b/秒であったとされる。このことは、同様の豪雨が発生すれば流水型ダムを整備したとしても、洪水による氾濫の可能性を完全にゼロにできないことを意味する。しかし、堤防からの越流を防ぐことや、避難までの時間を稼ぐことは可能だ。

――流水型ダム事業の進め方について
 当面は、ダム本体の設計(放流設備、減勢工の構造、模型実験)と環境影響に係る検討(河床変動の予測、河川生態の調査)を進めていく。並行して水没予定地の地域振興や生活再建に関する協議を行い、準備が整ったものから速やかに着手する。
 流水型ダムの完成までには、14年程度(2035年完成)かかり、こうした大型プロジェクトは、世代を超えて進めていくものだ。常に達成目標を持ちながら調査・設計に関わるコンサル業者や施工に関わる建設業者との連携を図るとともに、苦渋の決断で移転を余儀なくされた方など流域住民の方々に寄り添いながら進めていくことが重要だ。こうしたプロセスを後世に残しておくことも私の使命だと考えている。

――五木村・相良村の振興については
治水対策の最終目的は、地域の安全・安心だけでなく、地域の持続的な発展にある。下流のために犠牲を強いられる両村の地域振興に目を向け、流域の関係者とともに考えていかなければならない課題だ。
 観光政策といったオーソドックスな計画を押し付けるのではなく、地域の方々からの提案や、地域の特徴を活かした対策を村民と協働して進めていくことが重要だ。その一つに、流水型ダムを生かした地域振興があり、事業期間中や供用後の利活用も想定しながら計画を進めたい。例えば、ダム供用後の管理用通路を、平時には村の方々に使用して頂くには、それに対応した工夫が必要となるだろう。

――仕事をする上でのモットーと目指すべき事務所像は
 人生は一度しかないので、自分の得意分野や専門知識、更には新たな能力の向上のため、こつこつと自己研鑽を重ねることが大切だと思う。それが、今の仕事に直結しなくても、諦めずに頑張れば、将来役立つと信じて業務に当たっている。
 職員には、いい仕事をするには、周りの職員や家族・友人、更には自分自身を大事にし、健康であることが重要だと話している。逆に言えば、これができて初めて、地域のためにもなるのではないか。

――業界へのメッセージを
 災害発生時には、いち早く現場の最前線で道路啓開や応急復旧工事、被災調査などに取り組まれており敬意を表したい。地域の方々にも、その存在を知って頂きたいと願っている。
 業界が将来発展するには、官民一体となって新技術の導入を図るなど若い世代に対する魅力ある職場づくりが必要だ。私個人としても、課題や問題点を共有し、考えていければと思う。
  ◇  ◇  ◇
 【経歴】齋藤正徳(さいとう・まさのり)。九州大学大学院工学府博士課程修了。2007年国土交通省入省。中国地方整備局、本省、中部地方整備局、東京大学特任講師、本省水管理・国土保全局河川計画課長補佐を経て、22年4月から現職。福岡県飯塚市出身。1980年(昭和55年)2月生まれ42歳。
2022.7.4掲載

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