(株)桜樹会・古川建築事務所
古川 裕久 社長
設計事務所も組織として継続すべき
平成29年秋の叙勲で旭日双光章を受章した轄樹会・古川建築事務所の古川裕久代表取締役社長(70歳)。昭和50年、27歳の若さで設計事務所を開設して以来、庁舎や学校といった公共建築をはじめ、病院、福祉施設、事務所ビルなど1000棟を越える建築物をつくりだしてきた。「高耐久・高品質の長寿命建築が求められるのと同様、設計事務所も会社組織としての継続性を保つことが社会的責務。設計した建築物が存在する限り、責任を持ち続けるべきだ」と強調する。熊本地震から2年を迎える中、業界の抱える課題や若手技術者への助言、今後の展望などを聞いた。
――熊本地震から2年を迎えます。設計に対する考え方は変わりましたか。
「建物の安全・安心性をより高めるため、構造の重要性を再認識した。同時に、被災した建物の建替えなどは、耐震性一辺倒だけではなく、周辺の環境に調和させるなど、今の時代にあった新しい感覚を持ち合わせた美しい建物にしていく必要があると感じている」。
「今回の震災を切っ掛けに、多くの県民の方々が、設計や施工の重要性を認識して頂けたと思う。建物を早く・安くつくることは、将来においてもいい結果ではない、という理解が進んだ気がする」。
――設計業界の課題は何でしょうか。
「一番の課題は、人材不足の問題。建物の質だけではなく、既存設計者の過重労働にも絡んでくる。大学新卒者が一級建築士の受験資格を得るには、卒業後2年以上の実務経験年数が必要だ。県内の大学や高校などを卒業し、県内の設計事務所に就職した若者に対しては一定期間、公的な補助金などの支援制度があれば給与の一部として捉えられ、企業経営の負担軽減にもなる」。
「設計期間も、十分に確保してほしい。何十年と継続させる建築物をつくるには、施主と設計者とで意志の疎通を図ると共に、意匠・構造・設備の分野が時間をかけて設計に取り組むことが必要だ。さらに、国土交通大臣が定めた業務報酬基準に準拠した報酬額での契約もお願いしたい。十分な設計期間と報酬が与えられれば、質の高い設計、労働時間の短縮、経営の好転などに繋がり、雇用の面でも好影響を与えるはずだ」。
――復旧・復興工事が進む一方、その後の仕事量を不安視する声も聞かれます。
「震災前の仕事量を100とすると、2年後、3年後には50程度まで落ち込むのではないか。どう対処すべきかが課題となるが、個々での対応では限界がある。今のうちから業界団体が率先して、発注機関に働きかけるなどの行動を起こすことが必須だ」。
「具体的な方策の一つとして、県内企業同士の設計JVの活用が考えられる。発注者に対し、従来なら県外の大手設計事務所に委託されるような物件についても、県内企業の設計JVに任せて頂ける仕組みや体制づくりを要望していく必要がある。同時に、技術力の底上げを図るため、小規模の設計事務所でも参加できるプロポなどの物件を増やしてもらうことも大切だろう」。
――若い技術者へのアドバイスをお願いします。
「様々な事情や状況で独立を考えている人もいるかと思うが、みんなが20代、30代で独立したら、在職していた事務所の技術力も低下し存続も危うくなる。独立後の仕事についても、住宅など小規模な依頼はあるかもしれないが、今まで事務所内で蓄積してきた能力を生かせるような仕事には、残念ながら恵まれないと思う。発注者もそれなりの組織でないと安心感がないため、依頼しない。そういう意味においても信頼される組織が重要になる」。
「能力のある若者が独立していったケースを幾度となく見てきたが、なかなか表舞台に出てこれない。これは、設計業界にとっても大きな損失だ。仕事に恵まれないより、組織の中で活躍し、報酬を得た方がいいのではないか。設計は個人で行うのではなく、構造や設備などのスタッフとともに共働≠オないと良い建築にはならない。次の世代のためにも、組織を安定かつ継続させ、その中で個々の建築士が注目されるような状況を構築していかなければならないと痛感している。そのためには、『建築士』と『建築家』の中間的位置づけとしての新たな資格創設も必要になってくるのではないだろうか」。
――設計・施工なども含めた理想とする建築業界の姿を聞かせて下さい。
「経営的にも安定し、若者が憧れるような魅力のある建築業界になることが理想だ。そのためにも、建築士事務所と施工会社や専門工事業者が交流を深め、互いの立場を尊重し協力しあいながら質の高い建築物を完成させ、建築主や社会から認めてもらう必要がある。与えられた仕事に対し、一つひとつ真摯に地道に取り組んでいけば、必ず実現できると確信している」。 |